未分類

最澄と空海について勉強した

投稿日:

勉強をしました。桓武天皇は仏教の改革をめざし、平安京には平城京の諸大寺をひとつも移しませんでした。これと対応して仏教界にも最澄・空海があらわれて革新の動きがおこりました。

最澄は遣唐使に従って唐に留学し帰国後、法華教の教えにもとづく天台宗を開き、比叡山に延暦寺をたてました。空海も同時に唐へわたり、とくに密教を学びました。

密教とは、釈迦の教えを経典で学びとろうとする顕教に対し、秘密の呪法によって仏の真理にふれようとする教えでした。貴族たちも、この教えにより現世での利益が得られるとして、さかんに信仰しました。

空海は帰国後、真言宗を開いて京都の教王護国寺(東寺)を密教の道場とし、また高野山に金剛峯寺をたてました。天台宗の側でも円仁・円珍によって密教がとり入れられました。

天台・真言の両者に共通しているのは、山中での修行を積みながら、さまざまな修法で国家の安全を祈ろうとする姿勢です。

こうした動きは、のちに在来の山岳信仰と結びつき、修験道の源流にもなりました。イビサクリームの口コミと効果【VIO脱毛後の黒ずみに有効?】

-未分類

Copyright© 産後肝っ玉母ちゃんが骨盤ダイエットをする , 2017 AllRights Reserved Powered by AFFINGER4.